CFIDSと共に生きる ---家族の闘い:希望へ向けて---

John Moir

Mail Magazine ME/CFS Information, No.51, 2002.10.10

サイト:http://www.cfids.org/archives/1998/pre-1999-article12.asp
原題:Living with CFIDS, A family's struggle: Searching for hope
著者:John Moir



1992年の夏、妻のエレンは、インフルエンザのような病気にかかり、秋が近づき日が短くなるにつれ、慢性的な頭痛や激しい疲労、そして関節痛に悩まされるようになりました。そして、これは季節はずれの風邪などではなく、もっと深刻な病いであることがはっきりしてきました。そして、私たちは答えを求めて、何人もの医師を回りました。

線維筋痛症と最終的に診断されるまでに、それから3年を費やしました。しかし、彼女が発病し、混乱した毎日が始まったときから、私たちは、これまでの生活は全く変わってしまうだろうと感じていました。私たちはつらい道のりを歩き始めたのです。回復は届かぬ夢であり、希望だけがかろうじて私たちの世界を支えていました。

線維筋痛症を発症する数ヶ月前、エレンは水疱瘡で3週間寝込みました。このときはまだ落ち窪んだ目に重い体をひきずながらも教師の育成という厳しい仕事を続けており、遅れを取り戻そうとがんばりながら春が過ぎてゆきました。夏になって仕事が少し楽になると、彼女は健康を取り戻すためジムに通い始めました。

この運動が彼女に止めを刺したのです。8月の太陽が輝くある日、エレンは線維筋痛症で倒れ、ベッドに横になっている以外にはなにもできなくなるほど衰弱してしまったのです。

最初は、副鼻腔炎の疑いで抗生物質が処方され、その後、感染症専門医からウイルス性髄膜炎と診断されました。しかし、数週間が過ぎても改善の兆しはなく、医師たちは慌てて、脳腫瘍、狼瘡、多発性硬化症といったさらに深刻な病気を疑いはじめました。私たちは、足元を照らすものも何もない真っ暗な淵を手探りで歩いているようでした。

最後に医師らが下した診断は、ライム病でした。この病気は、ダニの媒介によるもので、エレンとよく似た症状を引き起こし、抗生物質により治療できる病気です。

ところが1ヶ月間抗生物質を投与しても効果はありませんでした。病状が悪化したエレンは教壇に立つことができなくなり、仕事を休んで療養に専念することになりました。そして、私も毎日の仕事に加えエレンの介護と息子ジェフの世話でどんどん消耗してゆきました。

エレンは、「こんなにつらいことなんて、今までなかったわ」と突然泣きだしたりするようになりました。私はどうしたらいいかわからず、彼女の言葉を聴いているだけでした。でも、私にとってもこんなつらいことはないんだと感じていました。

感謝祭の日、夕食の席に着いた私は、いつものように感謝の祈りを捧げる気にはなれませんでした。私はエレンの回復を祈りながら七面鳥の叉骨をジェフと引っ張り合いました〔Wishborn(ウィッシュボーン):骨が二つに割れたとき、長い方を手にしている人の願いが叶うと言われています(訳者注)〕。

長い方を手にしたのはジェフでした。

そして、依然としてライム病であると考え、抗生物質の静脈投与に同意しました。この方法によりライム病が完治した例があり、私たちはこの治療に望みをかけたのです。

次の週の木曜日の夜、看護婦が家にやってきてエレンの腕に長さ6インチの細い静脈輸液チューブを挿入しました。1日に2回、1時間かけてエレンの体に抗生物質が注入されました。

そして、何の効果も見られないまま1ヶ月が経ちました。5000ドル近くかかった抗生物質の静脈内投与も、エレンには何の効果もなかったのです。

私たちは、再びかかりつけの医師のところへ戻り、そして、慢性疲労症候群という別の診断を受けました。他の全ての重病である可能性が消え、残っていたのは唯一それだけだったのです。

しかし、現在の医学は、慢性疲労症候群に対してはほとんど無力です。病気ではないと主張する医師さえいます。私たちは、医療の泥沼をさ迷い始め、代替医療の世界に治療法を求めました。

エレンは、同種療法(ホメオパシー)、指圧療法(カイロプラクティック)、針治療、整骨療法(オステパシー)を受けました。食事療法、種々のハーブ類、瞑想も試しました。治療を相互に並行して行うことができないものが多く、そのときに最も効果がありそうなものを選択してゆかなければなりませんでした。

時が経ち、エレンはわずかながらも回復し始め、仕事のスケジュールを調整することで、仕事に復帰できるまでになりました。

その間にも、医療費は膨らんでいました。慢性疲労症候群を病気と認めない保険会社から、何千ドルもの医療費の支払を拒否されたからです。何度も手紙を書き、訴えたのですが、受け入れてはもらえませんでした。

スピードはゆっくりとしていましたが、エレンの回復は続いていました。ある日、エレンは前に線維筋痛症と診断を受けたリューマチ専門医を訪れました。線維筋痛症はその症状が似ていることから、慢性疲労症候群と同一の病気ではないかと考えられている病気です。

いまだに治療方法は見つかっていませんし、動きすぎると、病気の悪化を招く危険性が常に付きまとっています。それは、多くの制約を伴う生活に順応して行くためのレッスン、何度も繰り返し学ばされるレッスンなのです。これらの制約は、エレンに、私に、そして家族全体に影響を与えています。

しかし、直面している現実を知ることで慰められることもあるのです。失ってしまったものを嘆くだけではなく、今私たちができることに感謝することもできるのです。

また感謝祭の日に、テーブルに着き私たちは感謝の祈りを捧げます。決してあきらめずに。

----------
著者について:John Moir, Ellen Moir夫妻はカリフォルニア州サンタクルーズ在住。「Just in Case? Disaster Preparedness and Emergency Self Help」(Chronicle Books)の著者、現在、小説「Shutterbug」の執筆を終えたところです。


翻訳:Co-Cure-Japan, Jp-Care.





出典
CFIDS Association of America Home Page
PO Box 220398, Charlotte, NC 28222-0398
FAX::704/365-9755



Copyright © 2001-2002 Co-Cure-Japan
ご意見/ご感想はこちらまで。
Please report any problems with this page to the Webmaster.

Co-Cure-Japanホームへ