「子供の慢性疲労症候群」の実態
子供におけるCFSの一番大変な点は「親にも信用してもらえない」という点である。
親は病気の子供を「理解したつもり」でいるが、見かけとても元気そうな我が子を、医師の手助けなく、
「本当に」理解するのは、現実的に「不可能」である。

---どういう病気にも「波」があるように、慢性疲労症候群の患者でも、体調の良い時には、普段出来ない事でも
「出来てしまう」。親から見ると「出来たり出来なかったり」という事になり、日常生活の端々で子供に対する
「不信」が生まれる。親は頭で「病気」と解っていても、結果、子供を批難する。
子供は、自分でどうする事も出来ない部分に対する親の理不尽な批難を必死で我慢しているが、そのうち切れる。
親は子供を「親不孝」と非難する。その親も子供も「いないよりマシ」と考え我慢するが、その関係は一生続く。---
 
大人になって発症したCFSと違い、たとえ病名がついて世間から理解を得られるようになっても「親の見方」は
変わらない(変えようがない)。診断がつくまでの期間、親が信用出来なかった「子供の不可解な部分」は、
その原因が病気と判明しても、親にとって一生そのままである。
「ハタ目に解らない病気」を子供時代に発症した場合、子供本人の精神力云々で、どうこう出来るものではない。
ましてや、殆どの医師は親に対し「育て方」を責めている現状では、子供は親に対して申し訳なく感じ、
その負い目から、ますます自分を追い詰めてしまう。
 
慢性疲労症候群という「ワケのわからない病名」を持つ子供の中には、「親が生きている間だけ」という条件付きで
必死で我慢して生きている子供(成長した大人)もいる。
イギリスでは、親が病状を見かねて、慢性疲労症候群を煩う子供を殺してしまった例がある。
(「医療関係者の理解とサポート不足」により精神的に追い詰められた結果といえる)
子供の側も、自分でどうする事も出来ない部分について、親から「不信」を受け続ける事に対する「怒りの鬱積」にも
限界がある。医者の不理解で慢性疲労症候群の診断がついていない本人は、あたかも、全力疾走する健全な子供達に、
何の補助もなく一本足でついていこうとしているような状態であり、普通の日常生活をこなすだけで無理なところ、
ギリギリ一杯、必死である。
 
問題は、親も子も「何が起きているか解らないまま」必死で生きているという点である。
慢性疲労症候群に対して理解のある医師に巡り遭えるか否かで、その子供だけではなく親・家族の一生までもが狂ってしまう。 
現実は、最悪、患者本人(子供)の自殺だけでとどまらない、大変深刻な状況であり、親も子も「非常に」辛く悲しい。
慢性疲労症候群は親の育て方など全く関係なく、本人のあたまがオカシイのでもなく、本当に「身体の病気」であり、
現在治療法がなくとも、その苦しく悲惨な現実は、子供の慢性疲労症候群に対して理解のある医師の対応・一言で救われる。
 
一部の精神科では、慢性疲労症候群を「転換性障害」などと診断する事もあるが「とんでもない」事である。
(そういう精神科医達はインフルエンザ罹患者や癌患者を「転換性障害」と診断するのであろうか??)
親御さんは、自分の子供に慢性疲労症候群が疑われる場合、精神科に相談するの「ではなく」、まず慢性疲労症候群を
診察出来る小児科医に相談する事をお勧めする。
子供に対する「親」の不信期間が短ければ短いほど「健全な親子関係の中」、たとえ慢性疾患を煩っていても、
結果、親も子も、共に精神的豊かさを求めて、人生の早い段階で微調整が出来る。
また、早期発見、早期休養・治療により、病気と知らずに無理を重ねて悪化をさせる事もない。
 
現医療現場では、子供だけでなく親も「現実」を受け入れる”以前の問題”で非常に困難な状況下におかれている。
この厳しい現状を踏まえ、”一部の”慢性疲労症候群が「他疾患の予兆症状」であったとしても、そうであれば尚更、
特に小児の場合、「慢性疲労症候群の診断基準」を満たした段階で、「親」の教育の為にも、医師側は速やかに
その子供の現実を受け入れ、親と一緒に、その子の今後の体調を見守り、警戒して欲しい。
 
慢性疲労症候群という病名では学校の理解を得るのは難しいが、とにかく、一刻も早く診断をつけること。
そして「親が学校に説明して理解を得られる、医学的に正しい」”病名”が非常に切迫した課題である。
 
〜Co-Cure-Japan, 2013〜
 
小児型慢性疲労症候群国際基準
 

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