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1.[慢性疲労症候群(CFS)追悼リスト]- 2003 年、米国 National CFIDS Foundation のまとめによる-

       原文:http://www.ncf-net.org/memorial.htm

邦訳:赤十字社語学奉仕団

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5月12日MS/CFS認識の日を記念して

 

本日はME/CFS, GWS, FMS, MCSSの5月12日国際認識の日創設第11回記念日である。この 5月12日の国際認識の日の創設者はTom Hennessy, Jr.である。

 

5月12日は国際赤十字設立のきっかけをつくった英国軍看護婦フローレンス・ナイチンゲールの誕生日を記念するために選定された。ナイチンゲールは30歳代半ばにME/CFSに似た麻痺的疾病に罹り、生涯の最後の50年はほとんど寝たきりで過ごした。

 

著名な英国のME研究者Dr. Betty Dowsettは長期ME患者の死亡率を10パーセントと見積もった。博士は次のように書いている(2003年1月「MEの後期の影響」)。

 

「……最終段階 (1, 2)。 不定間隔の後、多系統性症候群が骨格筋、心筋、その他の肝臓、膵臓、リンパ組織などの“末端臓器”の永久的損傷を伴い発症する可能性があり、これは長期の慢性的症状、主として脳幹に代謝機能不全の徴候を有する神経症状のさらなる発現を意味する。それでも、症状の安定化は低水準ではあるが、なお適切な管理と支援により達成することができる。10パーセントの死亡率は、ほとんど全部がこの群における末端臓器から(主に心不全か膵臓不全から)生じている。若年患者と障害の早期段階における自殺は、不信、福祉援助の拒否、教育・雇用見込みの喪失という今日の風潮に関係があると言わざるを得ない。これは特に余分の回避可能と思われる要因であり……」

 

ME/CFSは中枢神経系(CNS)異常、免疫系異常、内分泌異常、自律神経系障害および心血管異常がある病理的多系統疾病である。 

 

ME/CFS患者には多くの癌事例報告があり、ME/CFSと癌との関係に関する調査が数件ある。例えば、ワシントンD.C.のジョージワシントン大学公衆衛生・医療学部Paul Levine博士はレイク・タホウ地域の患者(米国―1984 年から1986までのME/CFS発症)の第2次10年追跡調査を行った。同博士は次のように述べている。

 

「……報告された癌の種類は、B細胞性リンパ腫、脳腫瘍、乳房腺様嚢胞癌、膀胱移行上皮細胞癌、子宮癌、基底細胞癌、前立腺癌および非ホジキンリンパ腫を含んでいる……」

 

2002年3月ラジオ・リバティ(米国)のインタビューで、著名なME/CFS専門家Kenny De Meirleir (ベルギー、ブラッセルのVrije大学)は、「……細胞膜の酸化(NO)損傷と癌抑制系損傷のために癌を発症する可能性のある患者小集団がある……」と語った。

 

この重度の神経障害から生ずる合併症により死亡したME/CFS患者に対する敬意の印として、私は以下に「死亡ME/CFS患者追悼リスト」を掲載する。

 

JvR

 

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労免疫機能不全(ME/CFIDS)による死亡者リスト

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The National CFIDS Foundation

103 Aletha Rd, Needham Ma 02492

電話:(781)449-3535

FAX:(781)449-8606

 

以下の死亡者リストはNational CFIDS Foundationがまとめたものである。本リストには著作権があるため、利用する場合は当団の承認を必要とする。そのような死亡者リストに追加を希望される場合は、当団まで電子メール[log in to unmask]もしくはお手紙をいただきたい。その際、可能であれば、死亡者のお名前・生年月日および死亡年月日・死亡場所および死亡原因、および可能な限りの追加情報を教えていただければ幸いである。

 

本リストの他の著作物への転載を希望される場合は、著作権として当団名および住所(National CFIDS Foundation, Inc., 103 Aletha Rd., Needham, MA 02492-3931 USA)を明示していただきたい。

 

本リスト作成の目的は、皆さんに慢性疲労免疫機能不全/筋痛性脳脊髄炎(CFIDS/ME)の重大さにもっと気付いていただきたいということである。当疾患が患者をどれほどに衰弱させるのか、また当疾患に患者がどれほど苦しんでいるのかを、医学界やマスコミ、政府は理解していない。その根拠として、当疾患により多くの人が命を落としており、当疾患に対する対策がこれ以上講じられないと、その人数はさらに増えて行くという現状にも関わらず、米国保健省(the United States National Institutes of Health)は当疾患の罹患率や死亡率の推移を把握しておらず、また米国疾病管理センター(the Centers for Disease Control and Prevention)は当疾患による死亡者が出たという報告は受けていないと主張している。  

 

<訳注:2006年6月15日イギリス「New Scientist Date」において

慢性疲労症候群による初の公式死亡 が発表されている。

 

 

当疾患により死亡した方をご存知の場合、その方のお名前の、本リストへの追加掲載にご協力いただきたい。なお本リスト作成に着手し、その多くの情報を集めて下さった William Youngさんのご助力に感謝申し上げる。本リストに掲載されている患者の多くは、CFIDS/MEの二次疾患により死亡している。当疾患の患者の中には自らの命を絶つことを選ぶ人もいるが、その最大の引き金になるのが耐え難いほどの疼痛であることを、これまでに何人もの医師が指摘してきた。こういった患者の大多数が本来必要とされる治療を受けることはなく、間欠的な疼痛による痛みが緩和するだろうという望みもほとんどないまま、その痛みに悩まされていた。そういった患者の苦しみを受け入れて、彼(女)達の死を無駄にしないようにして行きたい。以下に挙げる方々に心よりお悔やみを申し上げつつ、ご紹介して行こう。

 <訳注:原文には存在しないが読みやすさを優先して番号を付記する>

 

[1]

Ruth Allenさん、マサチューセッツ州レキシントン出身、1999年1月21日、ME/CFIDSに関連する合併症により死亡。温厚で知性あふれる人柄で、1980年代初期以降ほとんどME/CFIDSに罹患していた。80歳の誕生日を迎えた頃から次々と合併症を発症し、検査入院のため、その後ほとんどの時間を病院で過ごしていた。症状が重症になったため、ついに養護施設に入居、秋には全ての治療を断念し、自分はもはや生活の質とは縁がないと悟ったという。その数ヶ月後、インフルエンザ型肺炎により死亡、だがその時点で彼女には病気と闘うだけの力はもはや残されていなかった。遺族にはご主人および3人の子どものPeggyさん、SueさんおよびJohnさんがいる。

 

 

[2]

Rhonda Amenさん:女性。死亡時年齢および死亡原因は不明。長期患者。

 

 

[3]

Marie Andersonさん:Blue Ribbon Awareness for Myalgic Encephalomyelitis(BRAME)からの情報。

 

 

 

[4] 

匿名:48歳女性。死亡年月日不明。CFIDS/MEに罹患して数年経っていたが、診断されてから死亡までの期間は1年未満だった。死亡原因:大動脈瘤。 (情報源:CFIDS/ME支援グループのリーダー。)

 

 

 

[5] 

匿名:42歳女性。死亡年月日不明。CFIDS/MEに罹患して7年。死亡原因:胃潰瘍により、病院で死亡。職業:Ph.D(コンピュータ・プログラミング)およびシステム解析。(情報源:CFIDS/ME支援グループのリーダーからの手紙。)

 

 

[6] 

匿名:32歳女性。死亡年月日不明。死亡原因:耐え難い疼痛を苦に自殺。幼児3人の母親。(情報源:CFIDS/ME支援グループのリーダーからの手紙。)

 

 

 

[7] 

匿名:19歳女性。1986年死亡。死亡原因:重症の進行性ME。(情報源:ご家族からの手紙。)

 

 

 

[8] 

匿名:45歳男性。1997年4月、CFIDS/MEの合併症により死亡。職業:関心の対象多き写真家。(情報源:支援グループのリーダーで、故人の友人。)

 

 

 

[9] 

匿名:女性、死亡時年齢および死亡年月日は不明。死亡原因:「灼熱痛があり、ほとんど火傷のような感じだった…腸および膀胱の機能を喪失し…疼痛を緩和しようとして薬を過剰摂取してしまった…」(情報源:Paul Cheneyさん、M.D.およびPh.D。1996年、講義後の質問の中で。)

 

 

 

[10] 

匿名:死亡時年齢、性別および死亡年月日は不明。死亡原因:「…あまりに重症だったので、彼女は29歳時は養護施設に入所しており、併発感染により死亡した。」(情報源:Paul Cheneyさん、M.D.およびPh.D。1996年、講義後の質問の中で。)

 

 

 

[11] 

匿名:性別および死亡年月日は不明。死亡原因:「栄養不足による感染症および自己管理不足…入院、 (そして、死亡した)…不整脈の疑いがあった…。」(情報源:Paul Cheneyさん、M.D.およびPh.D:1996年、講義後の質問の中で。)

 

 

 

[12] 

匿名:40代女性。死亡原因:自殺。(情報源:友人からの電話。)

 

 

[13] 

匿名:死亡時年齢不明。1999年10月28日、CFIDSの合併症により死亡。この男性患者は死亡の3〜4年前にCFIDSに娘さんから感染した。この患者さんも娘さんも高感染価のエプスタインバールウイルス(Epstein Barr Virus、EBV)を保有していた。死亡原因はヘルペスウイルスの一種による悪性リンパ腫だった。(情報源:故人の娘さん。)

 

 

[14] 

Rebecca Badgerさん:女性、死亡時年齢および死亡原因は不明。

 

 

[15] 

Gloria Bakerさん:53歳女性。1994年12月死亡。CFIDS/MEに罹患して10年。アンプリジェン(Ampligen)のきわめて初期の治験で被験者の1人だった。最期は、ほぼ全身の機能をコントロールできなくなっていた。死亡原因:銃創。友人達は自殺を疑っている。

 

 

 

[16] 

Carli Barryさん、27歳、2001年2月27日、27歳の誕生日に自ら命を絶った。自殺する前の状況は、友人たちが期待を裏切ったことを知った、給付金庁により苦しい生活を強いられていた、壊滅的な症状に加え、病気であることが誤解される苦しみからうつ状態になっていた、というものである。遺体は、英国の彼女が住んでいたフラットからたった300メートルしか離れていない所で発見されたが、彼女の遺体からわずか12メートルしか離れていない所をパトカーが通ったにも関わらず、警察は遺体発見まで9日間も彼女を捜索していた。まる1年が過ぎても検死の結果は出ず、今なお彼女のご両親は待っている。(情報源:Sheila Barryさん。)

 

 

 

[17] 

Penny Barshiedさん:1985年死亡。死亡原因は脳腫瘍。ME/CFIDSとは診断されなかったが、ご主人と同時期に発病し、NIHで受けた抗ヘルペス薬での治療が奏効し、より長く生きることができた。PWME/C(Person With ME/CFS) である彼女のご主人は、「CFIDS」のごく初期の主張者だった。Penny さんは学校の教師であり、同じ教室で彼女とともに教えていた2人の教師も彼女と同時期に脳腫瘍を発症した。当疾患について最新の情報を得られたことから、本リストにPennyさんのお名前を掲載できることを嬉しく思う。(情報源:ご主人、Robertさん。)

 

 

 

[18] 

Lisa BeachさんはMEにより、2001年1月10日〜14日のいずれかの日に死亡した。フロリダ州のHomesteadに住んでおり、喘息や糖尿病など多くの健康問題を抱えていた上に線維筋痛も患っていた。ある支援グループのリーダーが彼女と連絡を取ろうとしたが、外出できないはずの彼女であるのに応答しないため、彼女の家を訪ねた。結局、警察に連絡をし、警察によりベッドで遺体となっていた彼女が発見された。剖検は行われなかった。

 

 

[19]

Fern Belvinさん、58歳、2002年9月4日にバージニアビーチにて死亡。MEに罹患して18年。遺族は、ご主人のDavid Warrenさん・娘のAdrienneさん・お兄(弟)さんおよび大好きなお孫さんだった。発病前は看護師として27年間勤務していた。彼女の死後もなお、当疾患に苦しんでいる同病患者達のために役に立てばと、研究のためという名目で当団に記念の寄付をして下さった。

 

 

 

[20] 

Patricia Bennettさん、52歳、1999年2月死亡。ME/CFIDSに罹患して10年を超えるが、死亡原因は癌だった。カリフォルニア州Fountain Valleyに住んでいた。遺族はご主人のGaryさんおよび既に成人した3人の子ども達だった。(情報源:友人のJ. Rohdeさん。)

 

 

 

[21] 

Anitta Blissさん、40歳未満、2000年1月18日「CFIDS/MEとの長期の苦闘の末に」死亡。カリフォルニア州サンホゼに住んでおり、the National CFIDS Foundation, Inc.の一員だった。遺族は、ご両親・お姉(妹)さんであるJeanさんおよび婚約者のJustin Milliunさんだった。(情報源:ご家族の友人。)

 

 

 

[22] 

Elise Bomfordさんは、CFIDS/ME関連のリンパ腫により1月中旬に死亡した。カナダのthe ME Victoria Associationに所属していた。「彼女のもの静かながら強いところ、あふれるほどの温かさ」は多くの人に影響を与えた。享年74歳。(情報源:Margaret Sherwoodさん。)

 

 

 

[23] 

Margie Boonさん:52歳女性。1996年3月27日死亡。長期患者。死亡原因:硬膜下血腫。Sierra Vista CFIDS Support Groupの創始者だった。(情報源:友人からの手紙。)

 

 

 

[24] 

Eric W. Boothさん、M.D.、48歳男性。1995年6月18日死亡。CFIDS/MEに罹患して16年。死亡原因:不整脈および突発性心筋線維症。職業:放射線科医師。病気であるにもかかわらず、当疾患の研究やより良い治療を求める運動を行っていた。「私は非常に重篤な病気とこの5年間闘ってきた…。このように感じていても、この気持ちを同僚の医師達に伝えることができない…。医師が『同情疲れ』に苦しんでいると私は思うようになった。」という手記を1991年に残している。(情報源:医学会会報(British Medical Journal、BMJ)、第311巻、1995年10月28日および死亡診断書)。

 

 

 

[25]

Donna Brewerさん:女性:死亡時年齢および死亡年月日は不明。死亡原因:心不全。Western North Carolina CFIDS Support and Advocacy Groupのリーダーを務めた。(情報源:支援グループからの手紙。)

 

 

 

[26] 

Kathleen Briglioさん:女性:死亡時年齢不明。1996年7月死亡。死亡原因:脳腫瘍。The ME Victoria Associationのメンバーとして積極的に活動に参加し、前リーダーも務めた。

 

 

 

[27] 

Chris Brownさんは31歳の時にMEを発病後、長期間患った末、1999年12月死亡。病院に搬送され、「単なる呼吸停止」との報告を受けた。心臓が悪いせいだと医師は思っている。長期にわたり疼痛と闘った後、死亡し、遺族はご主人および娘のMichelleさんで、MichelleさんもME 患者である。Chrisさんはニュージーランドに住んでいた。(情報源:Australia’s Country Network。)

 

 

 

[28]

Judy Brownさん:女性、死亡時年齢不明。1996年8月24日死亡。長期CFIDS/ME患者。死亡原因:自己誘導性の薬物過剰摂取。(情報源:The Fitness Report、1996年9月。)

 

 

 

[29] 

Martin John Buckleyさんは2002年10月11日死亡、享年71歳だった。元学校教師で、定年退職時に軍事史に関する本を何冊か出版した。オーストラリアはニューサウスウェールズ州のthe Northern Rivers ME/CFS/FM(NR ME/CFS/FM) Support Organizationに所属し、自分自身がMEと闘病中にも関わらず、他の同病患者を極力助けるようにしていた。筋肉の衰弱が著しく、遂には瞼を開けていられなくなり、食事や会話も困難になった。起き上がることも難しく、やがて衰弱が心臓にまで及び、呼吸が止まった。遺族は奥様のJoanさんと家族。(情報源:NR ME/CFS/FM のMerle Fullertonさん。)

 

 

 

[30] 

Chris ButlerさんはME/CFIDSとの数年間の闘病の末、1999年に死亡。死亡報告はオーストラリアのthe Country Networkニュースレターに掲載されていた。

 

 

 

[31] 

Brenda Calabreseさん、ME/CFIDSの長期患者で、1999年後期に乳癌により死亡。マサチューセッツ州に住んでおり、身体の衰弱を自分自身で感じて、介護をしてもらうために母親のもとに移り住むことを余儀なくされた。ご家族や同病患者達は彼女の死を悲しみ悼んでいる。(情報源:PWME/ CFIDSの友人。)

 

 

 

[32] 

Mary Louise Cardilloさん: 40代前半の女性。1995年7月死亡。

死亡原因:死体解剖するも、不明。病院にて死亡。

 

 

[33]

彼女の主治医Anthony Komaroffさん(M.D.)が、サンプルをリクエストして、他の研究所に送った処、高レベルのヒトヘルペスウィルス6型(HHV6)が発見された。温かく勇気ある人柄で、人生を楽しむことを望んでいた。(情報源:残された両親と友人たちから送られた手紙および検査結果)

 

 

 

[34] 

Carol Graham Chudleyさん:長年ME/CFSを患った後、1998年5月に異常な事故で死亡。Carolさんは、米国イリノイ州で生まれたが、1967年にカナダ市民となった。才能ある陶芸家、園芸家であり、作家であった。 彼女の苦しみについて、1999年にカナダのPolestar Book Publishers社から出版された『Between Gardens』で読むことができる。

 

 

 

[35] 

Kathie Claar:52歳の女性。長期にわたるCFIDS/MEの患者であったが、1996年8月24日に死亡。死亡原因:自ら招いた薬物の過剰摂取。米国ワシントン州Oak Harbor在住。(情報源:友人からの手紙)

 

 

 

[36]

Bess Clarkさん:癌との長期にわたる闘病の後、1999年に死亡。患者の支援グループのリーダーであり、心が温かく思いやりのある人だった。Bessさんは、支援グループで、身体がやっと機能しているような状況でも楽しむ方法を教えていた。(情報源: Dolores Hudsonさん)

 

 

 

[37] 

Theodore Cocaineさんは、36歳のとき、1998年12月に死亡。死亡原因:広範囲の冠状動脈血栓

 

 

 

[38] 

Carol Sue Coffeeさんは、「最後の最後まで勇敢に闘って」、57歳のとき、8月7日に病院で死亡した。Carolさんは、ゴルフ、読書やコンピューターでの作業を楽しみ、彼女の死は、親友たちや親戚たちに惜しまれた。 彼女は、長期にわたる病気を治すために出来ることは何でも全て試み、日々感謝していた。遺族は、ミシガン州Jenisonに住む夫のJimさん、多くの親戚、友人たち。(情報源:支援グループのリーダーを務める友人)

 

 

 

[39] 

Diane M. Comeauさんは、49歳のとき、2001年8月中旬に死亡した。

彼女は、5月に49歳になったばかりだった。Dianeさんは、鼠径部に腫瘍ができ、敗血症を生じ、10日間集中治療室に入った。検査や断層撮影を行ったが、原因は何も分からなかった。Dianeさんは、生涯の大半、ME/CFIDSとFMSに苦しんだ。彼女は、民間航空パトロールのキャプテンで、その熱心さが高く評価されていた。親戚は、「彼女は訓練生たちに100%を与えていた。」と語っている。アリゾナ州での追悼式では、彼女に敬意を払うフライバイ(低空飛行)が行われた。彼女の親友は、彼女は痛みに負けることは決して無かったと述べている。彼女の母親、Barbara Murrayさんも同じ病気を患っている。Dianeさんの死後、両親に加え、4人の兄弟、Davidさん、Garyさん、StephenさんとRichardさんが残された。彼女の死後も他の人々を助ける活動は続き、The National CFIDS Foundationによる調査に使われる寄付が求められている。

 

 

 

[40] 

Greg Cooperさんは、40歳のとき、2000年3月に、持病のME/CFIDS とは無関係の原因で死亡した。Gregさんの死は、残された一人娘と彼のカリフォルニア州の支援グループの多くのメンバーに惜しまれた。彼には、アンプリジェンの治験の被験者であったが、アンプリジェンは助けにならず、有害反応が認められた。

 

 

 

[41] 

Cynthia Coultierさん:女性で、年齢は不明。1998年にCFIDS/MEの合併症で死亡した。検査の結果、クラミジア肺炎の高い陽性反応が出たが、彼女の医師は、この病気に対して推奨されている治療を行うことを拒否した。彼女の死後、二人の息子と孫たちが残された。Cynthiaさんは自分の仕事を持っていたが、障害者資格はなかった。

(情報源:National CFIDS Foundationの支援グループのリーダー)

 

 

 

[42] 

Andrea Cunnighamさんは、46歳のときに死亡した。彼女は、1988年から筋痛性脳脊髄炎を患い、1997年の前半に癌と診断された。彼女は、この最後の診断から僅か数週間後に死亡した。Andreaさんは、英国のウェールズから、インターネットが普及する以前から、英国全土の患者たちと連絡を取り、情報と支援を共有してきた。彼女の死は、彼女の友人たちの多くにとり、大きなショックだった。(情報源: Laura Jonesさん)

 

 

 

[43] 

Judith Currenさん:42歳の女性で、1996年8月に死亡した。死亡原因:Jack Kevorkian博士の幇助による自殺。職業:公認正看護師。夫と小さな子供二人が残された。半身麻痺で、完全に寝たきりだったが、素晴らしいユーモアのセンスを持っていた。夫は、彼女が最初にKevokian博士に会おうとしたときに止めたが、彼女は養護施設で死にたくないと訴えたのである。医師である夫は、彼女の死についての報道の結果、州外に引越しをしなければならなかった。彼女の家族たちは、マサチューセッツ州の住民であった。(情報源:個人的な友人、新聞記事)

 

 

 

[44] 

Stephen S. Czerkasさんは、長期にわたる患者であり、この病気によって生じた、貧しさ、痛み、および厄介な法律問題から逃れるため、1999年1月10日に自殺した。「コモン・コーズ」(米国の非営利団体Common Cause)の創設者であるDonald Scottさんは、患者の多くのパートナーがそうであるように、Steve(Stephenの愛称)さんの妻は、夫のもとを去ったと言っている。

 

 

 

[45] 

Skye Dailorさん:14歳の女性で、1990年9月1日に死亡した。死亡原因:クラスメートたちにからかわれた後の致死量の薬物摂取による心臓発作。 彼女の主治医であるDavid S. Bellさん(M.D.、米国小児科学会員<Fellows of the American Academy of Pediatrics(FAAP)>)は、彼女を追悼して彼の最初の著書を捧げた。

 

 

 

[46] 

Mike Delanoさん:47歳の男性で、1997年3月14日に死亡した。死亡原因:腎不全 職業:フットボールと野球のスター(情報源: CFIDS/MEの支援グループのリーダー)

 

 

 

[47] 

Lyn Drysdaleさん:女性 1995年に死亡。(情報源:BRAME)

 

 

[48]

Lorna Duncanさん:1999年5月に死亡。MEを患っており、癌を発症した。彼女は、the ME Victoria Associationの理事会のメンバーだった

 

 

 

[49] 

Elizabeth Egertonさんは、2000年2月7日、42歳のときに、ちょっとした手術で麻酔中に突然死亡した。Elizabethさんは、10年間、ME/CFIDSに苦しんだが、家族と友人たちが、その死を悲しみ、惜しんだ。彼女は、物静かで、思いやりのある人だった。(情報源:Alison Kennedyさん)

 

 

 

[50] 

Linda Farrinさんは、20年間にわたり、ME/CFIDSを患った後、2001年に死亡した。Lindaさんは、MEに罹患した後、多くを失ったが、闘い続け、他の患者を助けるためにマサチューセッツ州で支援グループを始めた。死亡原因は、原発性肺高血圧症(Primary Pulmonary Hypertension)と記載された。

 

 

 

[51] 

Joseph Fiduciaさん(M.D.):男性、年齢不明。1980年代に自殺した。婦人科医だが、自らが病気となった結果、CFIDS/MEの診察を始めた。 任意の支援グループのリーダーであり、提唱者であった。

 

 

 

[52] 

Kevin Foleyさん:40代前半であり、ME/CFIDSに罹患しテネシー州に在住していた。彼は、パート・タイムの仕事が出来るほど回復したが、アルコールが彼の薬物治療の妨げとなることを知らなかった。この長期にわたる患者の死亡は、予期せぬ結果であった。

 

 

 

[53] 

John Gakingswayさん:2000年の前半にCFIDSの合併症により死亡した。Johnさんはジョージア州で患者たちのためにインターネット上に「CFS/Fibro Support Group」を設立した。彼のグループである「Peaches」は現在も依然として順調に活動している。彼は体調が悪化し、ミシガン州に戻らざるを得なくなり、最後のクリスマスを孫娘たちと過ごした。(情報源:妻とPWME/C (Person Wish ME/CFS)の仲間であるKarenさん)

 

 

 

[54]

Kim Gallagherさんは、2001年11月18日、38歳のときに、胃癌で死亡した。Kimさんは2回、オリンピックのメダリストとなったが、ペンシルヴェニア州で高校生のときメダリストとしてのキャリアが始まった。1,500メートル走の記録は現在も依然として破られていない。彼女は、大学生となった1年後、サンタ・モニカで練習するためにカリフォルニア南部に移り住み、オリンピックの800メートル走で銀メダルと銅メダルを獲得した。彼女はME/CFIDSを罹患しており、あるレースの後、「私は、胃の中を突き刺されているような感じがする。」と言っていた。彼女は、以前に多嚢胞性卵巣の手術を受けたことがあった。

 

 

 

[55] 

Ray Gardnerさん:男性、年齢は不明。1993年CFIDS/MEの合併症で死亡。愛情の深い父親であり、夫であった。(情報源:マサチューセッツ州の支援グループのリーダー)

 

 

 

[56] 

Christine Geifingさんは、長期にわたるME/CFIDSとの闘いの末、1996年に死亡した。(情報源:BRAME)

 

 

 

 

[57] 

Myra Gray Goodmanさん:女性、1995年2月4日死亡。Boston Herald紙の連載記事の記者であり、ヴァーモント州の支援グループのリーダーだった。CFIDS/MEによる心合併症で死亡した。(情報源:夫であるLee Dana Goodmanさん)

 

 

 

[58] 

Barbara Goveさん:40歳代前半の女性で、1994年、マサチューセッツ州Framinghamの病院で死亡した。死亡原因:通常はAIDSにおいて見られる非定型肺炎(情報源:支援グループのリーダー)

 

 

 

[59] 

Joseph Griggs夫人:女性、年齢及び死亡日は不明。死亡原因:トキソプラズマ症と脳への細菌感染(情報源:手紙)

 

 

 

[60] 

Janeen Guidryさん:女性、50歳ぐらい。1994年に死亡したが、死因は不明。(情報源:家族からの手紙)

 

 

[61]

Keshan Gunawardenaさんは13歳で、母親のDineshaさん(45歳)と共に、2001年4月、処方薬の過剰摂取により死亡した。Dineshaさんは、ME/CFIDSを発症する前は、British Airwaysの経理担当者だった。 Keshanさんは、イングランドのイートン校の生徒で、前年に奨学金を得て、将来は優れた学者になると思われていた。Dineshaさんは、夫と1970年代にスリランカから英国に来た。夫は医師で、治験会社の取締役だった。英国の新聞であるThe Guardianは、彼女の行動は鬱病に原因があるとしている。

 

 

 

[62] 

Charles Thomas Halderさん:72歳、男性。死亡日と死亡原因は不明。長期にわたる患者であった。(情報源:家族)

 

 

[63]

Jean Hardyさん:50歳代半ばの女性。死亡原因:身体障害と痛みを苦にした自殺(情報源:CFIDS/MEの支援グループのリーダーと友人)

 

 

 

[64] 

Jhan Hiberさんは、2000年10月4日、53歳のときに、自らの健康状態の悪化の知らせを受けて、アラスカ州Anchorageで自殺した。Johnさんは、子供の頃にアラスカへ引っ越した。彼は、生まれつき癲癇(てんかん)を患っており、その後、関節リウマチとME/CFIDSを発症し、1990年代には、線維筋痛と筋委縮性側索硬化症(ルー・ゲーリックも発症した病気)と診断された。彼は、20年間、ラジオやテレビで、主としてスポーツ放送に携わった後、実験的な治療に参加した。治療を求めて、カリフォルニア州のCarmelに住み、1991年から働くことができなくなったが、アラスカ州で開催されたマスメディアの会議に出席した。遺族は、兄(または弟)のTom Bowlesさんと姉(または妹)のBarbara Stuartさん、息子のDavid Gohrbandさんである。(情報源:Kathleen Houghtonさん)

 

 

 

[65] 

Betty Ann Hirschfeldさん:43歳の女性。1989年7月24日に死亡した。長期にわたる患者であった。死亡原因:自殺(情報源:家族)

 

 

 

[66] 

Susan Hodgeさん:女性。年齢、死亡日及び死亡原因は不明。

 

 

 

[67] 

Sharon Horejsさんは、公認正看護士で、2002年の後半、病院で、癌の化学療法によって引き起こされた肺炎との闘病中に死亡した。Sharonさんは、カリフォルニア州南部で、数十年にわたり、彼女のニュースレターを受け取ってきた何百人もの患者にとって希望の光であった。彼女は、とても頭が良く、自分の知識を自由に率直に分け与えていた。Sharonさんは、カリフォルニア州Laguna Niguelの出身で、遺族は夫のDennisさん。

 

 

 

[68]

Eva HortonさんはME/CFIDSの合併症のため2002年8月30日に死亡した。Evaさんはノースカロライナ州のサポートグループGreensboroの創立メンバーのひとりで、彼女が手を差し伸べた多くのME/CFIDS患者によって記憶されるだろう。障害者になる前、Evaさんは国内有数の家具グループの広告の仕事をしていた。彼女はかつて患者仲間に「私は涙が涸れるほど泣いたから、もう一滴も残っていないかもしれない」と言ったことがある。彼女はこの病気がもたらすあらゆる苦痛、不信、見捨て、苦難、苦悩に耐え、何年も耐え続けた。残された娘のAmberさんや彼女が愛した多くの友人たちは、彼女がもう苦しみのないところへ行けたことを願っている。(情報源:サポートグループの友人)

 

 

 

[69] 

Michael Huntさん(16歳)は才能あるサッカー選手だったが、MEのためプレーできなかった。彼は橋から落ちて列車にはねられた。Michaelさんは回復し、好きなスポーツが再びできるようになっていたが、病気が再発した。Michaelさんはイングランド出身で、その短い人生を1998年10月に閉じた。(情報源:CAME)

 

 

 

[70] 

Alison Hunterさんはオーストラリアで、ME/CFIDSを患った子供として長年苦労した。彼女はこの病気の合併症のため19歳で死亡した。彼女を記念して、財団にその名前がつけられた。Allieの夢は、若いME/CFIDS患者だれもが孤独でなくなることだった。ナショナル・フォーラムの部門のひとつは”Allie’s Garden”と呼ばれていて、ME/CFIDS患者の若者のニュースを発信している。

 

 

 

[71] 

Telbert C. Hutchisonさん:60歳男性。1997年3月16日死亡。死亡原因:長期のCFIDS/MEによる僧帽弁逸脱(mitral valve prolapse、MVP)。職業:写真家。(情報源:家族)

 

 

 

[72] 

Joan Luther Irvineさん:49歳女性。1996年9月5日、アリゾナ州Senomaで死亡。CFIDS/ME患者として9年間生きた。死亡原因:処方薬の過剰摂取によるCFIDS/MEの合併症。彼女はこの薬にアレルギーがあることを自覚していた。Irvineさんは自分自身の死亡記事を書き、「CFIDSの合併症」を死亡原因として挙げた。またこのように書いた。「私は自分の生活の質、驚き、美しさについては疑っていない。私の人生は最高だった…良い、活動的で、実りのある人生を41年間過ごした。誰がそれ以上を望めるだろうか?真実と人間、そしてすべての生き物を愛した。ハイキング、バックパックの旅、テニス、水泳、ウォーキングの熱心な愛好者。」彼女はCDC(疾病対策センター、Centers for Disease Controlから献血をしないようにと警告する手紙を受取ったと書いたが、ある全国組織がこの手紙の公表を拒んだ。(情報源:1996年10月5日付The Desert Sun、および彼女の生前に書かれたEメール)

 

 

 

[73] 

Joy Jeffersonさん:40代女性。1997年10月死亡。クラミジア肺炎の可能性がきわめて高いという検査結果が出ていたが、CFIDS/MEとの勇敢な闘いに敗れた。残された夫やニューメキシコ州の多くの友人は、彼女を聡明で思いやりのある人と表現した。(情報源:友人)

 

 

 

[74] 

Linda Jenkinsさん:42歳女性。1996年4月20日死亡。死亡原因:心臓発作。死亡はCFIDS/MEの合併症に起因すると見られる。(情報源:サポートグループのリーダー)

 

 

 

[75] 

Denise Jerryさん:40代女性。死亡年月日不明。死亡原因:CFIDS/MEに起因する心臓発作。マサチューセッツ州のサポートグループの共同リーダー、Plattsburg CFIDSグループの創立者・リーダー。(情報源:サポートグループのメンバーからの電話)

 

 

 

[76] 

Nancy Johnsonさん、62歳、2001年の母の日に死亡。尊厳と勇気をもってME/CFIDSと何十年も闘った末のことであった。Nancyさんは1986年に診断が下り、長年他の人々の力になろうとした。彼女はノースカロライナ州のサポートグループのリーダーで、ニューズレターを発行し、この病気を持つ者の代弁者として疲れを知らぬ働きをみせた。彼女は夫のRalphさんに助けられ、支えられた。Ralphさんはつねに彼女の介助者であり、サポーターであり続けた。(死の)3年近く前に、Nancyさんは肺癌と診断された。友人はこう書いている。「時々化学療法や癌の痛みのほうがME/CFIDSの痛みより強烈になることはあったが、ME/CFIDSはいつも彼女とともにあった。たいていの癌患者は外に出たり気分よく過ごしたりできる日が来るものだが、Nancyさんを待っているのは、そんな日の代わりに、MEと向き合う日々であった。」夫の言葉を借りると、Nancyさんは「非常に特別な人」だった。遺族は夫のほか、成人した息子。

 

 

 

[77] 

Dorothy Kaynerさん:女性、1998年、癌のため死亡。容態が悪化して参加できなくなるまで、活動的な代弁者であった。(情報源:シカゴのサポートグループのニューズレター)

 

 

 

[78] 

Kathleen Kellyさん:女性、年齢不明。1996年3月、自殺のため死亡。メモに、自分はCFIDS/MEによって死ぬと記している。「私はどこにも行けず、一瞬も痛みから解放されない。私は意気消沈しているというよりは、怒っている。なぜなら、医療従事者は人を救うよりお金をためることに没頭しているからだ。」(情報源:CFIDSサポートグループのニューズレター)

 

 

 

[79] 

Anne Marie Kennedyさん40代女性。1998年8月死亡。「長期にわたり乳癌と骨肉腫、および慢性疲労症候群(CFS)を患った末」であった。Ann Marieさんはマサチューセッツ州とオハイオ州で、長年フランス語、英語、および一般科目を教えた。彼女は熟達したピアニストであり、油絵やスケッチ画家としての才能でも知られていた。友人のひとりはこう書き記した。「彼女の長く勇敢な闘いや、彼女の母親の勇気と献身は言葉では言い表せない…私はいつまでもAnn Marieさんをこのように記憶するだろう…車椅子生活を余儀なくされていたが、美しく、黄金のようで、神秘的で、魅力的な人だった…」(情報源:ボストン・カレッジ卒業生のメモ)

 

 

 

[80] 

David Killingbeckさん:男性、年齢不明。1996年9月死亡。9年間CFIDS/MEを患っていた。CFIDSの合併症のため、オーストラリア、ビクトリア州にて死亡。(情報源:手紙)

 

 

 

[81] 

Joanne Krugerさん:ME/CFIDSの合併症のため1996年に死亡。(情報源:BRAME)

 

 

 

[82] 

Paul Lavengerさん, M.D.:男性、1995年に死亡。彼の妻がCFIDS/MEを発病した2年後の1989年よりCFIDS/MEのため障害者となった。政府の怠慢を率直に批判した。死亡原因:結腸癌

 

 

 

[83] 

Tom Lay, Jrさん:2002年6月23日(日)、オハイオ州Middltownの自宅にて、肝炎/肝不全のため死亡。長年PWME/CFS(Person With ME/CFS)であったTomさんは、オンライン・サポートグループの先駆けのひとつであるProdigyで活動していた。MEのため障害者となる前、Tomさんは会計士であった。独身だったが、Tomさんの家族は協力的だった。彼は人生最後のひと月をホスピスで過ごした。(情報源:カリフォルニア州在住のインターネット上の友人)

 

 

 

[84] 

Inez Lehrerさんは2000年の夏、睡眠中に動脈瘤のため死亡した。彼女は5年間ME/CFIDSを患っており、多種化学物質過敏症(multiple chemical sensitivities、MCS)でもあった。彼女はPebble Beachに住んでいたが、彼女の息子はフロリダ州Tampaで彼女の葬儀を手配した。Inezさんの死は彼女のサポートグループであるCFS/FMS/ME Support Group for the Central Coast(カリフォルニア州)によって報告された。生前、彼女は体調が悪すぎてこのグループの会合に出席することはできなかった。

 

 

 

[85] 

James S. LeRoyさん、47歳。1999年4月5日死亡したが、原因は不明。1982年の10月にCFIDS/MCSに感染した。1993年に障害者となった。以前はソフトウェア・コンサルタントだった。やはりCFIDS患者であるSarahと1994年に結婚した。JamesさんはCFIDS/MCSの人々の力になろうと、休みなく働いた。今日「彼が私の人生を変えてくれた」という人は多い。彼の妻、両親、2人の姉妹、そして23人の姪と甥は、愛情、ユーモア、強さ、知性、スキルを備えたJamesさんの死を悼み悲しむ。(情報源:Sarah LaBelleさん、未亡人)

 

 

 

[86] 

Martin Levさん:男性、1992年死亡。(情報源:BRAME)

 

 

 

[87] 

Joan Lidoffさん, Ph.D.、オースティンのテキサス大学の英語の教授であり、1989年10月20日に45歳で死亡。死亡原因は心臓発作。Dr. Lidoffはハーバード大学から博士号を授与されており、テキサス大学の教授陣に加わる前はマサチューセッツ大学およびボストン・カレッジで教えていた。彼女は女性学の先駆者であり、執筆活動もしていた。Joanさんは「慢性エブスタイン−バーウイルス」と当時呼ばれていたものに長年苦しめられた。彼女の心臓の合併症は長期にわたる病気の必然的な結果だったようである。(情報源:友人)

 

 

 

[88] 

Pricilla Loanesさん:女性。1992年自殺のため死亡。ボストンの最初のサポートグループ・リーダーで、まだ多くの友人がその死を悲しみ悼んでいる。

 

 

 

[89] 

Nancy Lou Loeさん56歳女性。1994年6月25日死亡。死亡原因:不明。North Sound CFIDS Support Networkのリーダーであった彼女は、死の少し前にこう書き残している。「罪悪感、恥ずかしさ、そしてどこも悪くないのではとほのめかす他人の言葉が、病気以上に私を打ちのめすのだった。」(情報源:新聞の死亡記事とNancyさんの手紙)

 

 

 

[90] 

Amy Longさん、長期にわたるCFIDS患者。1980年代後期に自殺のため死亡。HEM Pharmaceuticalsのパイロット試験でアンプリジェンを投与された最初の11人のひとり。Amyさんは急性かつ重度の患者であった。

 

 

 

[91] 

Joan Mansellさん2002年9月に心臓発作のため死亡した。Joanさんはオーストラリア、ニューサウスウェールズ州のグループであるNorthern Rivers ME/CFS/FM Support Organizationのメンバーで、長期にわたりME/CFIDSの患者だった。死亡したときは86歳だった。(情報源:Merle Fullerton、NR ME/CFS/FM)

 

 

 

[92] 

Glenn Marcusさん20代前半の男性、1994年。死亡原因:不明。剖検によると胃が破裂したように見え、全身から破片が見つかった。カリフォルニアで定時制カレッジに通学しているとき、睡眠中に死亡した。マサチューセッツ州の住民で、10代初めからCFIDS/MEに罹患していた。かなえたい夢をたくさん持った、温かく快活な若者として人々は彼を記憶する。遺族は兄ひとりと両親。彼の名前で図書館の本を配布した記念基金が設立された。(情報源:両親、サポートグループのリーダー)

 

 

 

[93] 

Leslie A. Masewiczさん、カリフォルニア州Del Mar在住。彼女の長期にわたる障害者雇用企業(disability company)であるUNUMによる嫌がらせやいじめに、病気の猛威が重なったため、1999年10月に死亡。Leslieさん1999年の春にテレビに出演する予定だったが、あまりに怯えたためかなわなかった。1997年に彼女は米国労働省に自分が受けている虐待のことを書き送り、こう尋ねた。「このような恐ろしい行為を行い、続けることが許されるなんて、どうなっているのですか?」LeslieさんME/CFIDSと診断されていた。

 

 

 

[94] 

Jim Maudeさん:男性、年齢および死亡年月日不明。死亡原因:CFIDS/MEによる肝臓と脾臓の障害。ニューヨーク市の住民。かつて雇用されていた職場には、現在7人のCFIDS/ME患者がいる。(情報源:同僚の手紙)

 

 

 

[95] 

George S. Ascott Mayさん:男性、39歳。1995年9月6日死亡。死亡原因:不明。職業航空会社認定パイロット(airline rated pilot)印刷の専門家。(情報源:友人からの手紙と死亡記事)

 

 

 

[96] 

Lois McAteeさん52歳女性。1992年死亡。死亡原因:CFIDS/MEが原因とみられるリンパ腫。長期間、介護士(care nurse)として働いた。彼女の娘2人、孫1人、姪1人もCFIDS/ME患者である。

 

 

 

 

[97] 

Kathleen “Kitty” Meeksさん54歳、2001年3月24日死亡。彼女は長年、乳癌とME/CFIDSの双方と果敢に闘った。Kittyさんはカリフォルニア州南部に住み、所属する癌患者サポートグループで活躍した。彼女の姉妹であるME/CFIDSの活動家のVivien Haynesさんは、自分の苦痛を訴えるのは偽善的だと感じていた。Kittyさんが繊維筋痛症候群(FMS)を伴うME/CFIDSばかりか、癌とも闘っていたからである。彼女の死はおおいに悲しみ悼まれる。

 

 

 

[98] 

Kara Ann Menowskeさんは、2001年6月3日、36歳でMEの合併症により死亡。KaraさんはKathryn Gibbsを卒業し、ほぼ10年前に持続性のインフルエンザ症状により仕事を辞めることを余儀なくされるまで投資会社に勤務。剖検では決論がでなかったKaraさんの犬のくんくんと鳴く声により、Karaさんの母親が、Karaさんが亡くなっているのを発見した。遺族は、両親、姉(妹)、兄(弟)、全員マサチューセッツ在住。彼女を追悼して、National CFIDS Foundationを通じて研究にために寄付された。

 

 

 

[99] 

Harry Metsemakersさんは、英国のME患者団体とオンラインでつながっていたが、突然の心臓発作により7月2日に死亡。友人の1人が私たちに語った、「Harryさんは暖かく、面倒見が良く、多くの人に手を差し延べていた。」と。遺族は、妻と成人した子どもである。彼の妻は、彼の医療の本を彼の友人であるJohnさんに譲渡。Harryさんの死はひどく悲しまれ悼まれているのである。

 

 

 

[100]

Daryl Milamさんは、1999年の秋に死亡。Anderson Area CFIDS/FM Support Groupの一員であり、彼女は乳癌に加え、別の癌にも罹患しており、その両方ともME/CFIDSによるものと考えられた。母でもあり、祖母でもあるAnnさんは53歳、南カリフォルニアに居住。(情報源:サポートグループリーダー)

 

 

 

[101]

Laura Reina Milgrimさんは、長い間MEを患っており、MEの合併症である肺炎から敗血症を起こし、2001年3月中旬に68歳で死亡。Lauraさんは面倒見がよく、生気溢れた人で、長年、医師や研究者達にMEに関心を持たせようと活動LauraさんはJohnさんという成人した息子が一人いたが、初孫が生まれる数週間前に死亡。ニューヨークタイムズの彼女の死亡記事でLauraさんは、「マンハッタンの品位と優雅の人」と呼ばれていたのである。彼女はウィーンのオペラ舞踏会で踊り、USOをBob Hopeさんと巡り、地球を探求し、そしてYankeesを愛していたのである。絶え間ない痛みの中に、Lauraさんは最期まで闘い続ける不屈の魂を持っていた。The National CFIDS Foundationの創立以来のメンバーであり、彼女の死は多くの友人に非常に悲しまれ悼まれている。

 

 

 

[102]

Nit Minsikさん:女性、1997年に死亡。オーストラリア出身の献身的な活動家。(情報源:ME/CFIDSニュースレター)

 

 

 

[103]

Beverly Morinさん:女性、年齢不明。1994年に死亡。死亡原因:CFIDS/MEに起因する合併症。(情報源:サポートグループリーダー)

 

 

 

[104]

Jean A. Morwickさんは、ME/CFIDSの合併症で5週間入院をした後、2000年12月29日に56歳で死亡。Jeanさんは、脊椎への結合組織損傷、リンパ腫、そして長期にわたる他のME/CFIDSの影響と闘病。彼女は30歳の時に発症して以来、人生最後の10年間を家で引きこもって過ごしていた。JeanさんはNational CFIDS Foundationの発足以来のメンバーであり、彼女の健康が許す限り、その啓発活動を手助けしていたのである。彼女は決して他人のために時間を使うことをいとわず、同じ病気を持つ多くの人の慰めの源であった。彼女は仕事が出来なくなったにもかかわらず、彼女は関心を持ち続け、世界中にペンパルを持ち、出来るだけ行動的でいるようにした。マサチューセッツのScituate 出身のJeanさんは両親を残し亡くなったが、数ヵ月後に父親は死亡した。彼女はまた1人の兄(弟)を残している。多くのメンバーがJeanさんの死を悲しみ悼んでいる。

 

 

 

[105]

Alison Kramer Murphyさん:45歳、女性。1998年に死亡。特別教育の教師であったが、長年病を患っていた。病院で治療を受けている間に原因不明で死亡。遺族は一人息子である。 (情報源: 死亡記事と友人)

 

 

 

[106]

Janis Murphyさん:女性、年齢、死亡年月日は不明。死亡原因:CFIDS/MEに起因する発作

 

 

 

[107]

Carolyn Muscaさんは、長年MEを患っていたが、突然発症したメラノーマにより、1990年に死亡。Carolynさんは、"The Artist, The Egg, and the Illness.”の著者。彼女は卵・テンペラ画法を用い、西オーストラリア在住だった芸術家。(情報源: オーストラリアカントリーネットワーク.)

 

 

 

[108]

Terri Opsitnickさんは、2001年10月、ME/CFIDSの合併症により46歳で突然に死亡。検視官の報告によると、成人になって発症した喘息が睡眠中の彼女の呼吸を制限し、そしてそれがレム睡眠中の脳へ酸素を制限。Terriさんの3人の幼い子どものうちの1人が、San Bernadine郡の家で彼女を発見。Brandonさん, Macさん, そしてTheresaさんは、母親の死後、ペンシルバニアに連れて行かれた。Terriさんの痛みはきわめて顕著であった。彼女はFMSグループと積極的にオンラインでつながっていたのである。

 

 

 

[109]

Patricia Pageさんは、2001年9月12日、65歳で死亡。Patriciaさんは、長年この病気を患っており、インターネット上のグループと積極的につながっており、この病気で苦しむ他の患者を助けようと献身。彼女はインターネット上で多くの人に慕われていたのである。Patさんの ME/CFIDSは、30代で発症したリューマチ関節炎に続発したものあった。遺族は30年連れ添った夫のGeorgeさんと娘のPennyさんである。Patriciaさんは動物愛好家で、特に犬、とりわけジャーマンシェパード犬が好きだった。

 

 

 

[110]

Leila Pahlavi王女は、新聞が「珍しい病気、筋痛性脳脊髄炎」と呼ぶ病により、2001年6月10日、31歳で死亡。退位した故イラン国王の最も若い娘であり、Ayatollah Khomeiniが国の支配権を得た時、彼女は子どもであったのである。Leilaさんはブラウン大学を卒業し、コネチカットに長年居住。彼女は死亡時はロンドンの住人。彼女の母は、Leilaさんが埋葬されたパリに居住。彼女が6年間患っていたにも関わらず、一人の兄(弟)以外に、誰もMEについては言及せず、彼女が鬱を患っていたと言っていたのである。ロンドンで彼女を診察した医師は、過剰処方の件で調査を受けていた。彼女の血中からは、コカインとセコナールが検出。

 

 

 

[111]

Wendy Peters:女性、34歳。16年にわたりCFIDSの患者。死亡原因:エブスタイン-バーウイルス(死亡記事による)Wendyさんは、マサチューセッツ州、Rockportのマサチューセッツジェネラル病院にいる時に死亡。 (情報源: 親)

 

 

 

[112] 

南アフリカ出身のDave Plankさんは、MEの合併症で2001年に死亡。(情報源:オーストラリアズカントリーネットワークニュースレター出版、BRAMEの”Forget Me Not”)

 

 

 

[113]

George Pollackさんは80歳代の、オーストラリアクィーンズランドのCharters Towers出身で、2001年に死亡。Georgeさんは威厳を持った物静かな人で、遠く離れた田舎町に住んでいる時に、MEに伴う深い孤独をしばしば感じていたのである。遺族は、癌を患う姉(妹)と、長年を伴にした小さな犬である。(情報源: Northern Rivers ME/CFS/FM Support Association, Inc. of NSWのカントリーネットワーク)

 

 

 

[114]

Michele Porcoroさん:女性、年齢・死亡年月日は不明。5年以上にわたるCFIDS/ME患者。死亡原因:アセトアミノフェンの過剰摂取による肝不全。(情報源: 友人からの手紙) 

 

 

 

[115]

Connie Pruitさんは、夫と家族を残し1999年後期に死亡。Anderson CFIDS/FM Support Groupのメンバーであり、彼女は長年ME/CFIDSを患い、家族と友人にその死を悲しみ悼まれている。(情報源: サポートグループリーダー)

 

 

 

[116]

Gilda Radnerさん:女性、90歳代の初めに死亡。Anthony Komaroff医師によりCFIDSと診断され、卵胞癌で死亡。女優兼コメディアン。

 

 

 

[117]

Joanne Redumisさん:女性、33歳。1999年2月22日に死亡。テキサスにいる人々をサポートし励ました献身的な活動家。死亡原因:不明であるが、ME/CFIDSに起因と思われる

 

 

 

[118]

Doris Reedさん:女性、年齢不明。PA、Norwoodで、1996年8月に死亡。長期間病を患っていた。死亡原因:自殺。(情報源: 友人、サポートグループリーダー)

 

 

 

[119]

Stuart Reidさんは、2000年初頭に突然に死亡。Stuart さんは、ME Victoria Association (カナダ)の代表で、ボランティア活動に献身。遺族は、妻のPaulineさんと家族である。(情報源: Hellie McLelland)

 

 

 

[120]

Dennis Reublin:男性、年齢不明。自殺により1998年に死亡。面倒見がよく、機敏であり、彼はシステムを支援しようとしたが、教育を受けていない者、また信仰心のない者により度々悩まされていた。ニューメキシコの住人。(情報源: 友人)

 

 

 

[121]

John Rinkinさんは2001年に、60歳代後半で死亡。John さんはオーストラリアのBallina出身。(情報源:  オーストラリアズカントリーネットワークニュースレター出版、BRAMEの”Forget Me Not”)

 

 

 

[122]

Robert Roacheさんは2001年に死亡。Robert さんは70歳代で、オーストラリアのCasinoに居住。(情報源: オーストラリアズカントリーネットワークニュースレター出版、BRAMEの”Forget Me Not”)

 

 

 

[123]

Grace Rofeさんは、オーストラリア出身のME患者で、以前の心臓疾患については明らかではないが、1999年6月中旬、見かけ上は心臓発作で死亡。Graceさんは60歳代だったが、彼女は死のほんの数日前までサポートグループに参加。(情報源: オーストラリアME/CFSカントリーネットワークのジャーナル)

 

 

 

[124]

Ann Royさんは1994年、62歳の時に死亡。Annさんはカナダ・ケベックの住人。

 

 

 

[125]

Beeさんは、長年CFS/FMSの患者。あまりにも彼女の認知機能は損なわれていたので、彼女が散歩に出かけると、彼女の姪が彼女を家に連れ戻すためにしばしば見つけに行かなければならなかった。1994年のある散歩中、彼女は非常に取り乱し、市バスの道の中に入り込み、その衝撃で死亡。

 

 

 

[126]

Sabrina _____さんは、42歳で、ME/CFIDSを長期間患った後に自殺。4枝冠動脈バイパス手術(a quadruple bypass)を受け、そして感染症を発症したが、きちんと治療が施されなかったのである。遺族は、夫のRichさんと10代の息子のJarrodさんである。(情報源: WECAN) 

 

 

 

[127]

Carl Salieさん:男性、年齢不明。1996年2月26日に死亡。死亡原因:CFIDS/MEに起因する心不全。(情報源: サポートグループリーダーからの手紙)

 

 

 

[128]

Irma Rita Sandozさん:50歳くらいの女性。1993年3月に死亡。死亡原因:癌、心臓病、糖尿病、CFIDS/ME。Lafayette CFIDS サポートグループでボランティア。(情報源: サポートグループリーダー)

 

 

 

[129]

Crystal Sedberryさん:女性、年齢不明。1995年3月23日死亡。死亡原因:乳癌。長年CFIDS/MEの患者。職業:看護師(Licensed Vocational Nurse)(情報源: 友人からの手紙)

 

 

 

[130]

Annabel Seniorさんは60歳だったが、ME/CFIDSを45年間患った後、1月8日に死亡。死の直前にはmultible abreactions(訳者注:multiple chemical sensitivities「多種化学物質過敏症」を意図する可能性有り)により、何も食べわれなかった。あまりにも体力が弱り飲み込むことが出来なかったため、彼女は食べ物なしでほぼ53日間を生きながらえ、そして最後には水を飲むことさえ出来なかった。Annabelさんは病気を発症した時15歳で、60歳で死亡。検視の報告によると、「慢性疲労症候群による死亡であり、1a. 左室不全1b. 閉塞性冠状動脈アテローム」。遺族は、長年介護してくれた夫のRichardさんである。Annabel さんは、イギリスのNorth WalesのConway Valleyに居住。

 

 

 

[131]

Barry Sheeneさんは52歳の時、オーストラリアのGold Coastの家で、2002年10月、ME/CFIDSの合併症で死亡。彼は数ヶ月前、胃上部と食道が癌におかされていると診断。Barryさんはモーターサイクルの世界チャンピオンに2回なったことがある。10年以上に及ぶME/CFIDSの患者。1998年慢性疲労症候群」を扱ったテレビ番組で彼は、これまで何年もの間には両足の大怪我など様々な事故に遭った経験があるが、このような事故は、ME/CFIDSに比べたら「非常に軽いもの」であったと言っていた。

 

 

 

[132]

Shelia ______さん:20代女性。1997年6月死亡。死亡原因:自殺。(情報源: CFS-L ポスティング)

 

 

 

[133]

Susan Simonさん:50歳くらいの女性。1993年に死亡。長期CFIDS/ME患者。死亡原因:NIHのStephen Strausを訴えるため弁護士に会おうと、ニューヨーク市を車椅子に乗り、道路を渡っている時にトラックにひかれた。(情報源: Hillary JohnsonさんによるOsler`s Web)

 

 

 

[134]

Donna Singletaryさんは、ME/CFIDSの重度合併症で2001年2月に死亡した。長期の罹患患者であったDonnaさんは自分が自宅でパニック発作を起こしていると思って、夫に自分のために祈るよう懇願した。夫は、心肺蘇生法(cardiopulmonary resuscitation CPR)を行った。剖検から、心臓の塞栓症が死亡原因であったことが明らかになった。Donnaさんは、支援グループで積極的に活動するメンバーとして、特に困っている人には頻繁に電話(訳者注:「訪問」の意も可)して、思いやりと愛情を注いでいた。Donnaさんの夫は彼女の葬儀で回顧して語ったのは、彼が6歳のとき彼女にキスをした様子で、彼らは遊び場にいて、彼はキスをしてから、走って逃げたのだった。しかし、Donnaさんのためにできるようになったことは逃げないことであり、激しい疼痛に苦しむ彼女に対して献身的な支援を行った。Donnaさんの遺族は、彼女の夫のRonさん、2人の息子と孫娘のSamanthaさんである。

 

 

 

[135] 

Margaret Slahoeさん(DMD)、43歳は、1999年3月31日に死亡した。死亡記事によると、彼女は1992年以降、慢性疲労症候群を患っており、長期罹患の後CFIDSに関連した原因で死亡した。彼女の担当医師が、MargaretさんをCFIDS/MEであるとは思っていなかったため、必要な鎮痛剤を処方しようとしなかった。彼女の親友の一人は、Margaretさんが医学コミュニティの無知のために死亡したと考えている。Margaretさんは、ペンシルバニアに住んでいた。(情報源:電話と死亡記事による)

 

 

 

[136] 

Arnold Smithさんは1994年にME/CFIDSの合併症で死亡して、BRAMEのオーストラリア代表としてForget Me Notリストに記録されている。

 

 

 

[137] 

Sharyn Smithさん:50代の女性。1997年5月に死亡した。CFIDS/ME であった期間は10〜20年である。死亡原因:広範囲の冠状動脈血栓。冠状動脈を問題とする病歴もないのに、長年家から出られなかった。ニューハンプシャー州の住民。(情報源:ニューハンプシャー州の支援グループリーダー)

 

 

 

[138] 

Barbara Staplesさん、40代の女性で長期のCFIDS/ME/FMS患者であり、脚の重症骨折によって引き起こされた見かけ上の血栓により1999年9月28日に死亡した。Barbaraさんは、オンライン上では説得力ある投稿で有名で、多くの親友がいた。彼女は死の直前、マサチューセッツのE.サンドイッチからウエスト・バージニアに、家族とともに引っ越した。彼女の家族に加え、患者コミュニティも彼女の死を非常に悲しみ悼んでいる。Barbaraさんは、National CFIDS Foundationのメンバーであった。

 

 

 

[139]

Sherry Wagner Stocktonさんは、2002年7月31日に死亡した。Sherryさんは、1980年代後期と90年代初期のアトランタCFIDS 支援グループ代表であった。支援者のひとりであり、他のME/CFIDSの患者のために懸命に働いた活動家であった。Sherryさんは25年間以上、この疾患で苦しんだ。新生児学で資格を得た正式の看護婦であり、Sherryさんは主に小児/新生児集中治療看護婦として働いた。彼女は、Paul Cheney M.Dの下で行われた最初のアムフィゲン治験の被験者だった。Sherryさんの遺族は、夫のHerbertさん、2人の息子Christopherさん21歳とKevinさん19歳、彼女の母Doris Wagnerさん、4人の兄弟(Dannyさん、Jerryさん、Patさん、Jackさん)と彼女の姉妹Roseanne Harrisさんである。彼女は5月に病院へ連れて行かれ、そこで彼女の肺に浸潤が発見された。多くの精査の後、彼女は、再び衰弱し始めたので回復センターへ移された。病院に戻って、彼女はstageW期の肺癌で死亡した。彼女は死後でさえも他の人々を救っている。彼女を記念した寄付が、National CFIDS Foundationの基金調達のために送られたのだ。

 

 

 

[140] 

Philip StollerさんはME/CFIDSに罹って5年であったが、診断されていなかった糖尿病により2000年に死亡した。彼の妻は、彼の死が無駄にならず、医師がME/CFIDSの患者は他の疾患または他の病状が隠されている可能性があることに目を向けることを願っている。Philipさんは、アリゾナ州の出身であった。

 

 

 

[141] 

Charles Strifflerさん:男性、年齢不明、死亡年月日不明。ニューヨーク州ニューヨーク市で広範囲におよぶ肝臓と脾臓の損傷で死亡した。彼が勤めていた職場では、現在7人の同僚がCFIDS/MEで苦しんでいる。(情報源:同僚からの手紙。)

 

 

 

[142] 

Donna・Sundbergさん:女性、年齢不明、1995年11月に死亡した。死亡原因:麻薬と鎮痛薬の致死量摂取。(情報源:CFS会報。)

 

 

 

[143] 

Ted____さんは、心臓疾患の病歴を有しなかったが、極度にやせたCFIDS/ME患者であった。彼は、マサチューセッツ州ウスター市の CFIDS/FMS 支援グループメンバーであり、長期間の闘病後、広範囲の冠状動脈血栓で死亡した。(情報源:支援グループリーダー。)

 

 

 

[144] 

Tracy Tempさん:女性、46歳。1991年9月26日に死亡した。死亡原因:自ら招いた薬物の過量摂取。職業:特殊教育教師。(情報源:Living Hell(ドキュメンタリーフィルム))

 

 

 

[145] 

Chana Timonerユダヤ教指導者:女性、46歳。1988に死亡。現役の従軍牧師で初の女性ユダヤ教指導者。被抑圧階層を積極的に擁護した。彼女はCFIDS/MEの発病の後、軍を去ることを強制された。死亡原因:自殺。(情報源:新聞死亡記事、NY Times、Hartford Current)

 

 

 

[146] 

Susan Vasbinderさんは、痛みを伴うMEとの長い闘いの後に、2002年3月12日に自ら命を絶った。Susanさんはオハイオ州出身で、1970年にケント・ステートで学生であったときのイベント(そのとき4人の学生が、州兵に殺された)が彼女を行動主義に走らせた。残された家族や仲間は、ライフパートナーのCharlieさん、多くの友人と同僚である。彼らは皆Susanさんの強靭な精神力を悼んでいる。

 

 

 

[147] 

Eve Vindさんは、2002年6月末に死亡した。Eveさんは、彼女の病状を更に悪化させることとなった心臓の状態とともに、重度の多種化学物質敏感症(環境病)にもかかっていた。彼女は献身的な夫のGeraldさんとテキサス州に住んでいた。死亡原因は、うっ血心不全であった。(情報源:Kathleen Houghton)

 

 

 

[148] 

Karen Lynn Walkerさん:女性、46歳。1993年3月に死亡した。彼女は診断のため、障害のため、そして治療のために闘った。暖かい心を持ち、活発で、思いやりのあるアーティストで、彼女は遺産の1/3をこの疾患で苦しんでいる人々を救うために使うようにとの遺言を残した。その寄付金は、CFIDSERS(CFIDS Emergency Relief Services)と、National CFIDS Foundationが彼女を記念して設立した研究基金へと寄贈された。

 

 

 

[149] 

JR Weberさん、男性、18歳は、2003年1月12日にオレゴン州グランツ-パスの自宅で死亡した。死亡原因は15歳の時のバーキットリンパ腫の化学療法の結果として起こった急性骨髄性白血病、および彼が7歳の時に診断されたME/CFIDSの合併症であった。遺族は、彼の母親であり、PWME/Cで地元の支援グループのまとめ役でもあるSue Tobiasさん、3人の兄弟、および1人の姉(妹)。彼は在宅教育を受けており、ドラムを演奏することが好きだった。また、彼は2つのウェブデザインをした。彼は12月12日に18歳になってから、最初の化学療法を望まなかった。彼は、QOLが極めて低下しているので、身体のことから逃れ、神に召されることを望んでいた。しかし、彼の治療施設は彼の望みにもかかわらず彼を保護すると脅した。ニューヨーク州の児童保護事業(children’s services)は、Weberさんが学校に通うことができないため、7歳の時、彼を(訳者注:施設に入れるため)自宅から連れ出そうようとしたが、出席不足と疾患にもかかわらず彼がクラスの上位の成績を保っていたので、決定された要請はいわれなきものとなった。彼が白血病と診断されたとき、彼は在宅教育を修了して、GED(general equivalency diploma)の受験準備をしていた。彼の母は彼の探究心と魅力的な機知を悼んでいるが、彼女にはわかっていることがある。彼はこの疾患でもう苦しんでいないということである。(情報源:Sue Tobias、母)

 

 

[150] 

Candace Diardi Weinrichさん、45歳 、コロラド州リトルトン在住は、2001年8月初めに死亡した。CandaceさんはME/CFIDS/FMSに罹っていて価値がある人生を送ることに努めた。ユニークな機知に富む彼女は多くの人々と交流した。Candaceさんはマイクロチップ設計を専門としているエンジニアであり、余暇にはピアノを弾いていた。彼女の家族は、Candace Dinardi 記念財団への寄付が、価値ある慈善団体であるCFIDSERS (CFIDS Emergency Relief Services) に贈られることを希望した。

 

 

 

[151] 

Sandra L. Welkerさんは、脳腫瘍のため1995年11月24日に死亡した。彼女は36歳であり、数週間以内に遺伝子治療(抗ヘルペス薬)を受けることになっていた。彼女の姉(または妹)も、彼女の死後2、3年以内に、ME/CFIDSと診断された。Sandraさんは多形性膠芽腫であると診断されて100日後に亡くなった

 

 

 

[152] 

Lyn Wenzelさん、57歳は、結婚して29年になる彼女の夫によって命を奪われた。Lynさんは、線維筋痛に罹患しているにもかかわらず働くことが可能だった。彼女の夫は、第二級殺人で有罪となった。Lynさんは、1999年7月に死亡した。

 

 

 

[153] 

Deborah D.Williamsさんは、1999年の晩冬に自殺した。彼女はカリフォルニア州パサデナの出身であり、十分な医療を受けておらず、長期の慢性疲労症候群患者であった。(情報源:カリフォルニア州支援グループリーダー)

 

 

 

[154] 

Dave Winslowさんは、長期の慢性疲労症候群患者であったが1999年5月に広範囲の冠状動脈血栓で死亡した。彼は40代前半の年齢であり、病気により仕事、妻、家族を失った。彼の死亡日直前の何日か前にも医師の診察を受けに行って、心疾患の徴候はみられなかった。40代前半のDaveさんは、1999年5月に死亡した。彼は、マサチューセッツ州の住民であった。(情報源:The National Forum)

 

 

 

[155] 

Melinda Vadas博士(Ph.D)は、ME/CFIDSに関連して死亡したが、公式には腎不全で2002年11月24日に死亡した。Melindaさんは50代前半の年齢でME/CFIDSに長年苦しんでいる患者であった。彼女は哲学の元教授で設立当初からのNational CFIDS Foundation(NCF)のメンバーであり、この病気を患った他の人々を助けるために忠実かつ不断の努力をした擁護者であった。彼女の友人の一人が言ったように、彼女は「我々の救いの天使の一人」であった。彼女の「子どもたち」に対する愛情、多くの人々を助けたいという意欲、他の人を進んで包み込む暖かい心は皆から愛され賞賛された。彼女の友人の一人が言ったように、彼女は「CFIDSの闇の世界の中の明るい光」であった。Melindaさんは他の多くの人々と同様に病気になったあと、結婚生活が破綻した。それでも、彼女は決して他の人々に手を差し延べるのをやめず、常に頼りになる存在だった。(情報源:CFIDSERS (CFIDS Emergency Relief Services) とNC支援グループ)

 

 

 

[156] 

Marie Valeさん:死亡年月日不明。白血病(現在、ME/CFIDSの合併症であると考えられている)により47歳で死亡した。Marieさんは、高い秘密事項利用許可をもつNASAの国内業務の責任者であった。彼女は診断のために1982年にNIH(アメリカ国立衛生研究所)へ行ったが、何も診断は得られなかった。1986年に、彼女は自分が現在CFSの原因の一つとして知られている「慢性エブスタイン−バ―ウイルス」)に感染していることを示した記録のコピーを手に入れた。彼女は死の2、3日前、友人の一人に自分の病気が極めて上層部の人々によって隠蔽されていたと述べた。(情報源:現在ME/CFIDSで苦しむ親友。)

 

 

 

[157] 

Jackie Veekeさんは、肺塞栓のため2000年4月11日に、39歳で死亡した。Jackieさんは、80年代中頃のME/CFIDSのイリノイ州エヴァンストン支部の創始者のうちの1人であり。死亡したときにも同支部の共同リーダーであり、州の組織でもボランティアの役職を引き受けていた。彼女は登録された看護師であり、この病気で多くの友人に出会ったが、家族は彼女の疼痛と苦痛を理解していなかった。

 

 

 

[158] 

Judy Vaughnさんは、2002年10月21日に62歳で死亡した。Judyさんは、設立当初からNational CFIDS Foundationのメンバーであった。彼女は、心臓試験の間に起こった心停止によりボストンの病院で死亡した。Judyさんは長期かつ重度のME/CFIDS患者であり、周りには非協力的なメンバーも何人かいたが最後まで病気と闘った。残された家族や仲間は、愛する2人の成人した息子のDamonさんとTylerさん、幼いときからの友人であり、同じ病気の患者であるLizさん、Lizさんによると「私が病気で寝込んだとき、彼女は私のためにすぐに来てくれた。」、生前彼女と交流した多くの人々からJudyさんの死は悲しみ悼まれるだろう。彼女は、マサチューセッツ州マーシュフィールドで暮らした。

 

 

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