闘いはまだ続く
キース・ジャレットが初めて語る闘病生活



2年前のことだ。ジャズピアニストのキース・ジャレットは、イタリアでのコンサートツアーのさなか、異常なまでの疲労を感じた。彼の言葉を借りれば、「体からエネルギーが完全に抜けた」ような状態。ツアー中のミュージシャンが陥ることの多い一時的な疲労とは違う、何か非常に激しい疲労だった。ジャレットは言う。「あのコンサートで、どうエネルギーを使ってしまったのか自分でもわからない。まるで、体の中にエイリアンでも入り込んだみたいだった。自分は2度とステージに立てないと思ったよ。最後のコンサートでは葬送曲まで弾いたさ。自分自身のためにね」


エイリアンが入り込んだというジャレットの表現は、ほぼ正しかった。彼は侵入型細菌性寄生虫に冒されていたのだ。体が衰弱して様々な症状が出るが、その一つが慢性疲労症候群(CFS)と総称される症状だ。ジャレットはパワフルなソロリサイタルで、戦後、最も多い人気を集め、音楽ファンから崇拝されているジャズピアニストの一人だ。そんな彼も、この時はコンサートの予定を全てキャンセルした。街を歩く元気もないのに、これまでのようにパワフルなコンサートをこなすエネルギーなどあるわけがない。彼はニュージャージー州! ;の自宅に引っ込み、つらい療養生活に入った。再びピアノを弾けるようになるまで、たっぷり1年かかった。ニューアークのニュージャージー・パフォーミング・アートセンターでのコンサートが、彼にとって96年の秋以来、初めての公の場となった。


病気により、やむなく活動を休止したジャズミュージシャンは、ジャレットが初めてではない。実際、アーティストが病に倒れるのは、よくあること。有名なアーティストがキャリア半ばにして方向転換を余儀なくされるケースも少なくない。ジャズドラマーのバディ・リッチは1959年に心臓発作を起こした後、ドラマーからジャズシンガーへの転向を一時的に考えたことがある。また、ジャズトランペッターのバック・クレイトンは唇の慢性症を患っていたために、1960年代終わりにトランペットをやめ、作曲・編曲活動に専念した。


一方、別の方法を見つけてキャリアを続けたアーティストもいる。ジャズピアニストのオスカー・ピーターソンは脳卒中で左手の一部が麻痺してしまったが、トリオにギタリストを加えて活動を続けた。(やはりジャズピアニストのビル・エバンスは、名門ジャズクラブ、ビレッジ・バンガードで1週間、左手だけで演奏したことがあるが、これは麻薬注射で右腕が一時的に麻痺していたためだ)


それでも、ジャレットのような大アーティストが全く姿を消してしまうケースはまれだ。ジャレットはゴシップ記事を求める芸能レポーターの取材攻勢に合うことになる。彼は言う。「私の病気をめぐっては非常にミステリーで、エイズとか、ガンとか、いろんな噂が飛ぶ結果となった。命にかかわるものではないことは知っている。でも、そうかといって、『今日はノドの調子が悪いから、歌いたくないんだ』と言えるものでもない。想像し得る最も奇妙な病気を考えだそうとしても、ここまでは考えられないよ。


CFSの主な症状は激しい疲労感である。その激しさはCFSにかかった人でなければ、まず想像できない。ジャレットは、その時の状態をこう語る。「ストレスを感じたり普段と違うことがあると、それで体調が悪くなる。医者は『おそらく妻が言うところの、ハミングバード症候群にかかっているのですよ。』と言うんだ。ハミングバード症候群っていうのは、一日中、ただ座って、鳥がさえずるのを聞いてるだけという症状を言うらしい。友達が『何か手伝えないかなあ。洗車でも何でも。』と言うから、『ああ、そうだな。じゃあ洗車を! ;頼むよ』って言ったよ。それで、彼が車を洗ってくれるのを椅子に座って眺めてた。そうやって一日を過ごしてたよ」


それから間もなく、ジャレットは音楽に取りつかれたようになったかと思えば、今度は逆に、音楽に強い拒絶反応を示すという状態を交互に繰り返した。「『音楽って一体なんだ。何なんだ』とわめいたこともあった。音楽を聴いてもだめだった。聴きたくなかった。耳にするもの全てがイヤだった。わかるかなあ。音楽を聴いただけでエネルギーを吸い取られるという感覚。まさに、そんな感じだった」


だが、その後、彼は自分の録音テープを聞き始め、何か満たされないものを感じるようになった。彼は悲しそうに笑いながら語る。「自分の演奏のイヤな所が耳につく。今になって自分のアルバムを聞くと、気に入らない所が次々聞こえてくる。それで、思ったんだ。『ああ、やり直すチャンスがどうしても欲しい』ってね。だから、活動を再開した時、以前とは反対のことをした。そんなに激しく弾かなくなったよ。軽さを出したい。スパークリー・ビーポップよりもっと何か。深く掘り下げるんじゃなくて、掘り上げてみたいんだ」


  名演奏家が突然、演奏不能に陥った時、ジャレットと同じような昔の自分に対する不満感を感じることが多いが、逆に安心感や、時に解放感さえ覚える場合もある。例えば、チェリストのパブロ・カザルス。彼はロッククライミング中の事故で左手に重傷を負ったが、彼はその時まず自分に言った。「よかった。これで2度とチェロを弾かなくてすむ」だが、カザルスは当時まだ25歳。ジャレットは53歳だ。ジャレット自身、アーティストとしての最盛期が無情にも過ぎて行っていることを痛いほど感じている。「自分が二十歳だったとしても、こんなのは耐えられなかっただろう。でも二十歳だったら、人生はまだまだこれから。3年間休養したって、その後どうにかなる。今となっては、ようやく治った時に自分がいくつになってるか考えないと」


  こうした理由もあって、彼は再発の危険を冒しながらも徐々に活動を再開している。まだ完全に症状が治まったわけではない。CFSは常に再発の恐れがある病気だ。ニューアークのコンサートには、ベースのゲリー・ピーコックとドラムのジャック・デジョネットを共演者に迎える予定だ。ピーコックとデジョネットとは、この15年間、ほぼ定期的に共演し、レコーディングをしてきた。(最新アルバム「トウキョウ 96」がリリースされたばかり。このアルバムはジャレットがCFSにかかる8ヶ月前にレコーディングされたもの。)


  ジャレットは、先月シカゴで予定されていたコンサートをやむなく中止した。彼自身、仮にシカゴのコンサートを予定通り実施したとしても、当面、活動を全面的に再開するのは無理だとわかっている。「治りかけてはいるが、今は体調が予測できない時。自分の体を信頼するほどは回復してない。それでも、最近までは鬱になったことはなかった。だけど、ここにきて鬱気味になっている。医学的な鬱病という意味じゃないけど。トリオで活動を再開し、コンサートも企画してる今の段階になって、演奏できないんじゃないかって考えると本当に恐くなって。あまりに先が見えないから」


  それでも、復帰が時期尚早である可能性に不安は感じていないという。「トリオで演奏すること自体が実験。何をするのかわからないんだから」(ジャネットのトリオは「スタンダード・トリオ」と呼ばれ、ポップやオリジナルジャズの即興を得意とする)。彼は、「ニューアークのコンサートはこれまでで最もすごい実験となると思う。何をやるか、どうやってやるかさえも分からないのだから」 と語る。リハーサルなし。プログラムなし。予備のプランなし。最高のジャズを奏でるための冒険的なレシピーだ。2年間の孤独な療養生活を強いられた彼は、これからの不安をかき消すように味なユーモアで語る。「(療養生活で)重度のキャビン・フィーバー(世間から離れた暮らしからくる過敏症)にかかるかと思ったよ。まあ、キャビンなんて持ってないから大丈夫だったけど」

----------------------------------------------
Sunday, November 8, 1998
Copyright 1998 The New York Times



翻訳:Co-Cure-Japan, R.Kageyama



Copyright © 2001-2002 Co-Cure-Japan
ご意見/ご感想はこちらまで。
Please report any problems with this page to the Webmaster.

Co-Cure-Japanホームへ